東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)221号 判決
一 原告主張の請求の原因一ないし三の各事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。そして、審決の理由中に「両導体間」とあるのは、理由全体の記載に照らし、被告主張のとおりの趣旨と解することができる。
二 そこで、審決取消事由の存否について検討する。
引用例に「導線等の個別に製造された有形導体からなる回路パターンを絶縁基板内部に形成するとともに、該基板表面に金属フイルムによる回路パターンを形成して、両回路パターンを基板に設けたメツキ孔により電気的に接続して複合回路パターンを有する組立式電気結線体」が記載されていることは当事者間に争いがなく、右記載の個別導体による導体回路が信号回路に用いられていることは原告の認めて争わないところである。そして、右の引用例に記載された組立式電気結線体と前記争いのない要旨のとおりの本願発明のプレハブ電線・プリント回路集合板とを対比すると、両者は一体成形導体と個別成形導体とを併用するという点においては一致し、導体取付位置と導体の種類の関係は逆であることが明らかであるが、右にみられる引用例のものの構成及び成立について争いのない甲第二号証(引用例)の記載によつても、引用例のものにおける一体成形導体による回路の用途は必ずしも明確でなく、また、引用例においては、動力・アース回路との関係で、信号回路に個別成形導体を用いるという技術的思想は示されていないことが認められる。
しかしながら、弁論の全趣旨によれば、本願発明の特許出願時において、情報信号の流れる信号回路の方が電池等の電源の接続に用いられる動力・アース回路より定インピーダンスが要求されることは周知であり、また、個別成形導体の方が一体成形導体よりも導体の有効幅が一定となり定インピーダンスが得られることも自明であつたことが認められる。そうすると、定インピーダンス特性の要求される信号回路に定インピーダンス特性の得易い個別成形導体を用い、定インピーダンスの要求度の低い動力・アース回路に一体成形導体を用いることは、単なる設計上の問題にすぎないとみるのが相当である。
一方、原告が認めて争わない前記「多層配線基板にみられるごとく、絶縁基板の表面及び内部に導体回路を形成すること」が本願発明の特許出願前から技術常識であつたこと並びにいずれもその成立について争いのない甲第三号証及び乙第一、二号証を総合すれば、本願発明の特許出願時において、信号回路を表面に、動力・アース回路を内部に埋め込むことは、プリント基板では極めて周知の技術であつたことが認められ、また、いわゆるマルチワイヤーの技法等による個別成形導体とすると、プリント配線のような一体成形導体とするのに比べて、時間・費用・労力に関して有利な点もあり、また、変更・修繕・接続が容易となることは良く知られた技術常識であつたと認められるから、結局、引用例のものにおいて、信号回路を個別成形導体で構成して表面に配し、また、動力・アース回路を一体成形導体で構成して内部に埋め込むようにして本願発明のように構成することは、当業者の容易に発明することができたものとみるのが相当である。
なお、原告は、信号回路を一体成形導体で成形するとともに絶縁基板内部にアース回路や動力回路を埋め込むことによる高い定インピーダンスの効果について主張するが、右の効果が前記周知の各技術によりそれぞれ得られる各効果をこえるものであることを認めるに足る資料はないから、右主張の効果を根拠として本願発明が容易に発明できたものでないとすることはできない。
以上のとおりで、右に反する原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、審決には、これを取り消すべき違法の点はないといわなければならない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
実質上互いに平行な外表面を有する絶縁基材の少なくとも一方の表面に個別成形導体で構成した信号回路を固着し、上記絶縁基材内部に一体成形導体で構成した動力回路を埋込形成し、絶縁基材に孔を少なくとも一個形成し、前記個別成形導体及び一体成形導体の少なくとも一端を上記孔の内壁で終結させ、前記孔の内壁を無電解金属メツキ層の形成で導体となし、前記個別成形導体と一体成形導体を前記孔によつて電気的に接続しており、更に上記絶縁基材内部に一体成形導体で構成したアース回路を埋込形成し、上記アース回路と上記動力回路が、通電したときに両者を局部的に分離するに足る厚さの絶縁層で絶縁されていることを特徴とするプレハブ電線・プリント回路集合板。